不動産に関する事件

積水ハウス地面師詐欺事件

地面師とはーーー積水ハウス地面師詐欺事件のスケールの大きさ

「他人の土地を自分のもののように装って第三者に売り渡す詐欺師」(大辞林)

それが地面師である。

彼らは、真正の不動産所有者のふりをして、不動産を購入したいと考える人々からお金を騙し取ります。しかし、実際には、地面師にだまされた買主は、お金を支払ってもその不動産の所有者にはなれない。

多くの場合、地面師は単独で行動するのではなく、複数の仲間と共に計画を立てて行動します。彼らの中には、詐欺の計画を立てるリーダーや、不動産情報を収集する役、本人確認書類や印鑑証明書などを偽造する役、取引を仲介し買主と実際に交渉する役、さらには専門家(司法書士など)として取引をサポートする役など、それぞれが特定の役割を持っている。

地面師の詐欺の主な手口は、真の不動産所有者のふりをして、不動産を買主に売却し、その代金を騙し取ることである。特に、所有者が常駐していない(実際に住んでいない)空き地や駐車場、アパート、ビルなどは、地面師のターゲットとなりやすい。なぜなら、これらの不動産は、外から見ただけでは、実際の所有者が誰であるかを判断するのが難しいからだ。

不動産の所有者情報は、法務局の登記簿に記載されています。しかし、地面師はこの情報を利用して、真の所有者になりすまして詐欺を成立させようとする。

買主は、取引前に売主の身元を確認しますが、地面師は偽の身分証明書を用意したり、所有者の情報を学習して、その人物のように振る舞うことで、買主を欺くのである。

不動産を購入したと思っていた買主は、売主(地面師)の代金を支払った後に、登記を申請する際に、その申請が却下されたり、購入不動産の現地に立ち入ろうとして実際の所有者との間で問題が生じることで、自分が詐欺に遭ったことにようやく気づく。しかし、その時には、地面師たちはすでに姿を消しており、支払ったお金を取り戻すことは難しくなっている。

地面師詐欺事件は、警視庁管内では50件とも100件とも言われるほど頻繁に起こっているが、2017年に起きた積水ハウス地面師詐欺事件は、積水ハウスが地面師グループに土地の購入代金として55億5千万円を騙し取られた事件で、地面師詐欺事件のなかでも飛び抜けてスケールの大きな詐欺事件だったため世間の注目を集めた。

事件発覚後の積水ハウスの発表によれば、2,000平米(約600坪)の土地をはじめとした一連の不動産取引総額は70億円にのぼり、うち積水ハウスは63億円をニセ地主(地面師グループ)に支払い、最終的に55億5千万円もの大金を騙し取られたのである。

地面師詐欺事件で不動産のプロが騙されるケースも非常に多いが、なかでもこの積水ハウスは、騙された会社の規模でも群を抜いた大きさなのである。

大和ハウス、住友林業とともに、日本のハウスメーカー御三家の一角を占め、事件当時の売上は大和ハウスに次ぐ2兆1593億円にものぼる業界のリーディングカンパニーで、マンション開発なども手掛ける日本屈指のデベロッパーでもある。そんな巨大企業でもいとも簡単に地面師たちに巨額の資金を騙し取られたのである。

まさにこれまでに類を見ない史上最大の地面師詐欺が、この積水ハウス地面師詐欺事件と言えるのではないか。

積水ハウス地面師詐欺事件の舞台となった「海喜館」

事件の舞台は、東京都品川区西五反田2-22-6、山手線五反田駅から徒歩3分の立地にある旅館「海喜館(うみきかん)」。

マンションブームや東京五輪を控えて、地価が高騰してきた都内の優良物件として、不動産業界ではかねて注目の案件だった。時価は100億円を超えるとも言われていた。

事件に巻き込まれた地主の海老澤佐紀子さんは、1944年生まれで両親が「海喜館」を経営しており、彼女もこの旅館で育った。父親が愛人をつくり家を出てから、母親が切り盛りするようになっても立地の良さから随分と繁盛してたらしい。

戦前から花街として栄えてきた五反田。その花街から少し隔てた目黒川沿いの好立地に「海喜館」はあった。母親が他界したのが1975年で、佐紀子さんが「海喜館」を相続した。

バブル崩壊後しばらくまではそれなりに経営はうまくいっていたが、徐々に施設が古くなってくると近隣に建設されたビジネスホテルに客を奪われていき、経営は次第に苦しくなっていったようだ。

そうなると、好立地の不動産を欲しさに、不動産会社の営業マンやらマンションデベロッパー社員やら、不動産ブローカーやら、いろんな人が佐紀子さんに近づき、旅館を売るようにうるさく言ってくる。しかし、佐紀子さんは「旅館は絶対に売らない」と頑なに言い続けるが、そんな状況に嫌気がさしてくる。

そんな状態で旅館経営もうまくいかずに、2015年3月についに旅館業を廃業してしまう。廃業後もしばらくは住み続けていたが、佐紀子さんは2017年頃に体調を崩して入院してからは、人の出入りも途絶えて、瞬く間に廃墟のように荒れていくのである。

このような状況で、都内でも屈指の優良物件として、不動産業界では注目の案件で

あった「海喜館」の高齢の地主の変化を見逃さなかったのが地面師たちである。

事件の舞台となった、「海喜館」(東京都品川区)

大物地面師たち

「海喜館」の詐欺事件で当初の計画段階から関わっていたのが、内田マイクと北田文明の二人であったと言われており、彼らは業界でもその名の知れ渡った大物地面師であった。

北田文明は1959年(昭和34)長崎県に生まれた。国士舘大学を中退後、広告業を経て不動産業に興味を覚えて、30歳頃から不動産取引の仕事をはじめた。

後に世田谷の5億円詐取事件で逮捕されるが、事件のことはほとんど話さない。事件と直接関係のない話を結構したらしい。

「年収は2,000万円ほど。ゴルフは月に10回。銀座の高級クラブで飲み歩く。クレジットカードは10枚ほど所有。ハワイのコンドミニアムも所有。」など。

北田は地面師の中でも、五指に入る大物と言われた。そして、この北田と並び称される大物地面師が内田マイクだ。マイクは本名だが日系アメリカ人というわけではない。かつては内田英吾と名乗り、「池袋グループ」と呼ばれる地面師集団を率いていたようだ。

地面師の組織は、多くの場合、約10人程度のメンバーで成り立っているとされる。このグループの中心となるのは、詐欺の全体的な計画を策定する主犯格のリーダーである。彼らのサポートとして、成りすます役の人物の選定や演技の指導を行う「手配師」や、パスポートや免許証などの必要な偽の書類を作成する「印刷屋」あるいは「道具屋」がいる。また、不正な取引のための銀行口座を用意する「銀行屋」または「口座屋」や、法的な手続きをサポートする弁護士や司法書士の「法律屋」など、メンバーそれぞれが特定の役割を持ち、連携して詐欺を進めていくのだ。

そんな地面師の組織の中心には、北田文明や内田マイクという大物地面師が存在し、犯行の指揮を執ってきた。彼らは策略の中心人物として、数々の詐欺計画を進行させてきた。東京都内で起きている地面師事件の多くに関係したとされるほどの大物地面師なのである。彼らにとって好立地の「海喜館」は見過ごすことのできないターゲットだったに違いない。

内田らがこの「海喜館」の計画を立て始めたのが2016年の12月頃だと言われている。最初のアプローチとして、物件の隣接する月極駐車場の賃貸を申し込んで、地主の佐紀子さんとの接触を果たした。実際に、佐紀子さんと彼らの間で駐車場の契約が結ばれたのは、彼女が入院する直前の時期、2016年12月のことだった。この動きから、この頃から地面師たちは「海喜館」に注目していたことがわかる。

駐車場でも契約を交わせば、佐紀子さんと直接接触するので、本人の人相風体はもちろん、彼女の個人情報を得ることが可能だ。例えば、旅館に1人で住んでいるのか、他に同居人はいるのか、契約に際しての印鑑証明や住民票などから正確な生年月日もわかる。もちろん連絡先の電話番号なども把握できるのである。これらも地面師たちの下準備の一環なのだという。

積水ハウス地面師詐欺事件の経緯

日付 積水ハウス

地面師グループ(全て詐欺なので記載事項は全て地面師のシナリオ)

2017年3月30日 東京マンション事業部次長の小田に㈱IKUTA HOLDINGSから70億円で「海喜館」を売却できる、すぐに手付金を用意できないか打診。

「海喜館」の売却情報は小田次長のもとにも届いていた。

積水ハウスと「海喜館」の間に中間会社㈱IKUTA HOLDINGS以下「中間会社」)を介して地面師詐欺を狙った。

佐紀子さんが緊急入院(2月13日)したことを契機として、業界では「海喜館」の売却情報が出回り始めていた。

2017年4月3日

中間会社から小田次長にメール。中間会社と佐紀子さんでかわされた「売買契約書」と「重要事項説明書」、佐紀子さんと弁護士で交わされた「委任状」を受け取る。

中間会社が購入した土地を積水ハウスに転売してもらうというスキームで「海喜館」取得プロジェクトが動き出す。

手付金2,000万円で中間会社が「海喜館」の土地を押さえる。

中間会社と佐紀子さん(偽物)が現金2,000万円を前に撮影した写真まで用意して積水ハウス側にメールしている。

2017年4月14日

「海喜館」の物件購入を進めることで中間会社と合意。

積水ハウスの基本方針として、

・スピード感を持って対応する

・社長案件として進める

という方針があった。

業界の誰もが知る超優良物件が動き出したので、ライバル業者が多数存在していると思いこんでいた。

中間会社は「所有者がマンション購入するため3億円の調達を急いでいる。

申込証拠金だけだと翻意するかもしれない。他にも購入希望者は沢山いるので、これに応じなければ商談が流れるので急いだ方が良い」と積水ハウス側に対して取引を急かした。

2017年4月18日

積水ハウスの阿部社長が「海喜館」を現地視察。社内で社長が現地視察したことの意味は大きく、この案件は現場に必須案件との認識を強くさせた。

 
2017年4月20日

社内稟議決裁(阿部社長決裁)。

その後契約に向けての打ち合わせが行われ、小田次長は初めて地主の佐紀子さん(偽物)と面会した。阿部社長の決裁は結果的に社内担当者が誰一人として地主に会わない段階で行われたという杜撰さも指摘されている。

契約は次の手順で行われることで合意した。

・㈱IKUTA HOLDINGSと地主の「売買契約」を解約し、新たに地主とIKUTA HOLDINGS㈱で結びなおす。

・その後、IKUTA HOLDINGS㈱と積水ハウスで契約締結

・代金は総額70億円、IKUTA HOLDINGS㈱から地主に総額60億円が支払われ、それを積水ハウスが70億円で買い取るというもの。

支払いは4月24日の契約日に14億円、契約書に明記された本決済日(7月31日)に残金の56億円を支払うことで合意。

19日に中間会社を㈱IKUTA HOLDINGSからIKUTA HOLDINGS㈱に変更する旨を積水ハウスに連絡。代表者も別のペーパーカンパニーとなっていたという不審さがあった。

地面師グループで積水ハウスとの打ち合わせに同席したのは、地主の佐紀子さん(偽物=羽毛田正美)、中間会社代表・生田剛、生田の財務アドバイザーという触れ込みの小山操こと小山武こと、カミンスカス操、司法書士であった。

IKUTA HOLDINGS㈱は地主から総額60億円を支払い、積水ハウスに総額70億円で売却するので、中間マージン10億円を受け取ることになる。

2017年4月24日

再び20日と同じメンバーが集まる。

それぞれの司法書士が、東京法務局品川出張所に出向き、不動産登記の「所有権移転請求権仮登記」の申請を行い問題なく受理される。

これを確認すると、積水ハウスは地主と生田に計14億円を支払った。

羽毛田は地主に扮して、パスポート、印鑑登録証明書、住民票、権利証、固定資産評価証明書を悠然と提示した。

羽毛田は、12億円の預金小切手を受領、生田は2億円を振込によって受領した。

2017年5月10日 地主の海老澤佐紀子さんから内容証明郵便が積水ハウスに届く。積水ハウスが行った仮登記申請に対して抗議する内容。この内容が事実であれば積水ハウスが取引した相手は偽物となる、、、

積水ハウス側の怪文書であるという判断の背景には、地面師主犯格のカミンスカス操のささやきも影響した。5月10日の内容証明が届いた際、積水ハウスの小田次長は生田と生田の財務アドバイザーを装っていたカミンスカス操と面会している。そこでカミンスカス操は「海老澤(地主)と喧嘩別れした前野の妨害工作ではないか」と語った。

地主に扮する羽毛田正美は、当初、前野という内縁の夫を伴っていたが、その前野と喧嘩別れしたという。前野というのは後に実刑判決を受けた常世田吉弘のことである。

結局、この誘導によって積水ハウスのマンション事業本部と法務部はこの内容証明を怪文書だと判断してしまった。

2017年5月11日

再び地主から内容証明郵便が届く。仮登記を抹消せよ、抹消しなければ法的手続きをとるという内容。

同日、三通目の内容証明が届く。自らの印鑑登録証のカード番号まで記載されていた。とにかく積水ハウスと取引したのは本人になりすました偽物だと忠告する。

しかし、積水ハウス側はこの取引を快く思っていない者(ライバル業者も多かったと考え)が取引妨害のために送った怪文書だと考えた。



2017年5月月12日 黒田不動産部長に子会社の積和不動産関西の松吉社長から電話があり、「海喜館」の取引に関して支払った手付金が売主にはわずかな金額しか渡ってないような噂情報があり、まともな取引か疑わしいという報告があった。

黒田不動産部長が東京総務部から「海喜館」取引に関してブローカー情報を入手。内容は実質仲介会社へのIKUTAへの非難などであった。黒田部長は三谷常務執行役員に報告するも取引の中止には至らず。

 
2017年5月19日 「海喜館」の内覧会が行われた。代理人弁護士は正面玄関の鍵は持っておらず、勝手口の南京錠を携え、いかにも怪しかったが、それでも周辺の住民への本人確認を行わなかった。「地主の機嫌を損ねるのではないか」と考えていたらしい。

ニセ地主の羽毛田は体調不良を理由に欠席した。地主の代理人を名乗る弁護士とカミンスカス操が立ち会った。

地面師たちにとって最大のリスクとなるはずの内覧会でも積水ハウス側は詐欺とは見抜けなかった。

2017年5月22日 法務部長や東京マンション事業部長など幹部を集めた会議で、7月31日に予定されていた残代金決裁を前倒しすることを決定した。リスク情報が多数寄せられる中での慎重な判断ではなく、本決済を急ぐという痛恨の決定だった。決済の前倒しを6月1日に決定した。  
2017年5月23日

本物の地主から4通目の内容証明が届く。何度も要請しているが状況が改善されず、「原状回復催告書」と題されて、仮登記の抹消を即刻行うよう求めるものだった。

同日、常務執行役員マンション事業本部長の三谷と小田次長が羽毛田扮する地主と面会。三谷本部長がニセ地主と会うのはこれが初めてである。

目的は4通の内容証明を出したのは海老澤さん本人ではないという「確約書」を得ることだった。

みるも無惨な確認という他はない。確約書をもらうことだけを本人確認として、知人等による本人確認は全く行われなかった。まさに、詐欺師から自分は詐欺師ではないという文書をもらって喜ぶ間抜けぶりである。

 

後にわかるが、これらの内容証明を送付したのは本物の地主の親族である。本物の地主である海老澤佐紀子さんはこの時入院中であったが、積水ハウスが仮登記申請をしたことに気づいた海老澤さんの弟で、後に「海喜館」を相続する人物による送付であった。

ニセ地主羽毛田は内容証明を送ったのは自分ではないとの確約書に同意。この全く意味のない確約書によって積水ハウス側は最終的な本人確認を行ったという致命的なミスを冒す。

しかも、決済日の前倒しまで打診される。地面師たちは詐欺の成功を確信する。

決済日は当初の7月31日から6月1日に正式変更される。6月1日に残代金49億円を支払い、7億円を留保金として「海喜館」の解体と境界線の確認を行ってから7月31日に支払うことが決定された。

2017年5月31日 小田次長が、羽毛田、生田、カミンスカスらと再び面会し、関係書類を確認した。パスポート、国民健康保険被保険者証、印鑑登録証明書、戸籍謄本、住民票、除籍謄本、納税証明書三通、固定資産評価証明書を再確認。 ニセ地主役の羽毛田は、司法書士と本人確認証明を作成する際に、本物の地主の誕生日と違う日付を書き込んだ。司法書士に追求された羽毛田はさらに自分の干支も間違えた。この致命的なミスでさえも積水ハウス側は見過ごしたということである。
2017年6月1日

本決済当日。積水ハウス側は小田次長と担当課長が出席。全員が揃う前に小田次長のもとに尋常ではないリスク情報が届けられていた。決済後に物件封鎖のために「海喜館」に待機していた東京マンション事業部技術室課長から誰も住んでいないはずの「海喜館」の電気がついているとの連絡が入った。小田次長が中に入って確かめるように指示したが、再度技術室課長から電話では「通報され警察署に同行するよう求められている」という深刻なものだったが、またも取引を邪魔する者たち仕業と致命的な判断をして決済て手続きを急いでしまう。

小田次長が東京法務局で待機する司法書士に連絡を入れると所有権移転登記申請を行い、受理されたことを確認した。これで積水ハウス側からIKUTAに対して計49億819万3309円分の預金小切手が手渡された。

本決済当日。ニセ地主羽毛田、生田、カミンスカス、地主の弁護士が出席。

「海喜館」での警察騒ぎを伝えられた地面師たちは、「内容証明と同じで、この取引を妨害しようとしている者の仕業だろう」と返答。

小田次長は、現場の詳細情報の確認もほどほどに、決済手続きが強行されてしまった。

 

2017年6月6日

法務局から不動産の本登記申請却下の連絡が入る。積水ハウス側は、ここでようやく偽の所有者から土地を購入していたことが判明する。

 

2017年6月9日

 

法務局から正式に不動産の本登記申請却下の通知が書面にて届けられた。  

2017年6月24日

  地主(本物)の海老澤佐紀子さんが死去。「相続」を原因に都内大田区の2人の男性(所有者の実弟)が所有権を移転。7月4日に登記。

2017年8月2日

詐欺事件発覚から2ヶ月経って、積水ハウスはようやくその被害を公表した。  

2021年4月

旭化成不動産レジデンスが真正の所有者から土地を取得。2021年4月より、213邸30階建・高さ105mの超高層マンション・アトラスタワー五反田が建設中で2024年3月に竣工予定である。

積水ハウス地面師詐欺事件の詐欺成功要因

この詐欺事件が成功した要因というのは、とりも直さず積水ハウス側のミスが複数重なったことに尽きる。

地面師グループ達の詳細な計画はあったにしても、事件の詳細を辿っていくと、地面師グループ側にも何度もミス、すなわち詐欺が発覚してもおかしくない場面があるのだ。

逆に言えば、その地面師グループ側のミスをはじめ、確認作業を怠ったことによる積水ハウス側の杜撰さが浮かび上がってくるのである。

事件当時の積水ハウスグループのトップは会長兼CEOの和田勇と社長兼COOの阿部俊則という経営体制であった。このうち詐欺事件に関わっているのは阿部社長のほうで、会長の和田は事件との関わりはない。

後に社内クーデターが起こり、和田会長は辞任に追い込まれるのだが、このクーデター事件のあとに和田会長は地面師詐欺事件に関して次のように語っている。

<和田元会長の地面師詐欺事件がなぜ起こったかの意見>

  • 不動産取引の基本がまるで無視されていた。中間業者を挟んだこともおかしいし、ペーパーカンパニーと取引することも不可解。それ以上におかしいのは、何度も警告が出ていたのに、地主の本人確認をしていないこと。
  • 契約した後、本物の地主から「私は取引をしていない」という書面が来とったんです。しかも、内容証明郵便で送られてきた。地主本人を名乗る内容証明が来たら、自分たちが誰と契約したのか、それをしっかり確認するものだ。ところが担当者たちは内容証明をみんな無視してしまった。
  • 内容証明を送ってきた地主に接触すれば、自分たちが契約した相手が詐欺師とわかったはず。
  • 内容証明を『怪文書』扱いしてしまった。あげくの果てに49億円を支払った本決済の日を二ヶ月近くも前倒してしまった。

すべて真っ当な意見である。

和田会長の真っ当な振り返りを待つまでもなく、積水ハウスの当時の幹部たちには、詐欺事件を見抜くチャンスは何度もあった。

前項の事件の経緯を再確認しながら、積水ハウス側のミスを列挙していこう。

  • 地面師に対する一般的な対策として行われる「近隣の人々への確認」を省略してしまった。この確認は、取引を進める「所有者」の写真を周辺の住民や知り合いに見せ、本人かどうかを確かめる方法である。実際の所有者は、その旅館での生涯を過ごしており、地域の人々にはよく知られていた。しかし、この重要な手続きをスキップしてしまったのだ。
  • とにかく本人確認をしなければならない場面が多々あった。地主が自分の住所の番地以降の数字を間違えた、権利証の一部がカラーコピーさった、中間会社がペーパーカンパニーに変わった、二人のブローカーが抗議に来た、「仲介業者が逃げている」との子会社社長からの忠告があった、地主が内覧会に姿を現さなかった、地主が自分の誕生日と干支を間違えた、など。これらの不審な場面でも積水ハウス側はことごとく本人確認をスルーしてしまっている。
  • 積水ハウス社内の人間が一度も真の地主に面会することなく、阿部社長の現地調査が行われてしまった。社内で社長が現地視察したことの意味は大きく、この案件は現場に必須案件との認識を強くさせてしまった。
  • 土地の購入に関する稟議書の確認過程で、4人の審査者をスキップし、事前に現地を訪れていた社長が先行して認可を出してしまった。全審査者の署名が完了したのは、手付金が支払われた後だったとの情報もある。その時の不動産部長の黒田氏は「この取引には問題がある」と繰り返し指摘していた。しかし、社長の阿部俊則や東京マンション事業部の三谷常務は、取引先の疑わしい情報を隠して、最後には黒田部長に署名をさせたのだ。
  • 積水ハウスが手付金の支払いと仮登記を完了した後、実際の土地所有者から「売買契約は結んでいないし、仮登記も無効」という内容証明が4通届いた。驚くべきことに、その中の1通には印鑑登録カードの番号が記されていたが、積水ハウスはこれを土地の取引を知った第三者の妨害と判断し、偽の所有者からの公文書ではないとの確約書を取得するだけの対応をとった。当時、実際の土地所有者は長期入院中で、面会が制限されていたという事実が、「どのようにして登記の確認や内容証明の作成が可能だったのか」という疑問を生む要因となり、積水ハウスが真の通知として受け取らなかった背景となっている。
  • 積水ハウスは、内容証明を外部からの妨害と判断し、対応策として残代金の支払い日を約2ヶ月前倒しして6月1日に設定した。しかし、6月1日、決済後に物件封鎖のために「海喜館」に待機していた積水ハウスの担当者が不法侵入者として警察署への同行を要請されたにもかかわらず、この時点で残金の支払い手続きが進行中だったため、積水ハウス側はこれをさらなる妨害と誤解し、手続きをそのまま進めてしまった。

まさにミスのオンパレードである。

あり得ないほどのミスの連発ぶりから、積水ハウスの担当者は実は、取引の相手方が地面師であったと知っていたという説もあるようだ。

都市伝説的な説というわけでもなく、『保身ー積水ハウス、クーデターの深層』のなかで著者の藤岡氏が、積水ハウス東京マンション事業部の元社員達への取材のなかで当事者たちが語っていることなのである。

「そもそもデベロッパーの用地取得の担当者で海喜館のことを知らない者は少なくとも東京にはいません。そんな好物件を東京マンション事業部がほっとくと思いますか。ずいぶん前から地主の海老澤にアプローチしていました。つまり東京マンション事業部には、本物の海老澤に会ったことのある人間が複数人存在していたのです。・・・東京マンション事業部はこの内の少なくとも二人に対して面通しをしている。小田が交渉している地主の写真を見せて、本物かどうか確認したのです・・・(結果は)『偽物だ』と伝えられたのです」

信じられない証言である。しかし、信ぴょう性が低いと言い切れない面もあるだろう。

では、なぜ積水ハウスはそれを知っていて取引をしてしまったのか?について興味の有る方はこちらをどうぞ。

『保身ー積水ハウス、クーデターの深層』

この本で言っていることが意外に真実なのかもしれない。巨大組織というものは、実にそういう不祥事をたくさん起こしているわけだから、あながち間違っていないかもしれないとの感想を持ったとだけ言っておく。

積水ハウスの地面師事件の地面師グループたち

地面師たち 事件当時の年齢 役割 刑事事件の判決
内田マイク 65

地面師のドン 

網走刑務所に収監されていたにも関わらず、今回の事件の背後で指示を出していたとされる。

池袋グループという、数百人規模の地面師を束ねるトップとして知られる人物で、他にもいくつかの事件に関与している疑いが持たれている。

詐欺罪などに問われた内田マイク被告(66)に対し、東京地裁は2020年3月17日、懲役12年(求刑懲役15年)の判決を言い渡した。

石田寿一裁判長は「組織性の高い悪質な犯行で、生じた結果は重大」と述べた。

カミンスカス操 58

財務アドバイザー役

小山操(旧姓)は積水ハウスとの取引時に財務アドバイザーとして参加し、土地の売却を提案するなど、主要な役割を果たした。

彼は表面上の実行者として知られているが、事件の背後にある策略者ではないと見られている。彼の受け取った報酬は、約7億円とも。

日本出身であるが、結婚したリトアニア人の配偶者の姓を採用して改名した。

土地所有者を装い、積水ハウスから架空の土地取引で購入代金55億円余りをだまし取ったとして、詐欺罪などに問われた「地面師」グループの主犯格の一人とされるカミンスカス操被告(61)の控訴審判決で、東京高裁は2021年3月18日、懲役11年とした一審東京地裁判決を支持し、弁護側の控訴を棄却した。
羽毛田正美 63

旅館の女将役

品川区西五反田にある「海喜館」の土地の正当な所有者・海老澤佐紀子を装い、女将のふりをした。

かつて生命保険のセールスレディとして働いていた彼女は、年齢的には役柄に合致していたが、土地取引の際に言葉遣いのミスなど、完璧ななりすましとは言えない演技をしていた。





2019年7月17日

積水ハウス地面師事件の公判で、旅館のおかみの地主に成りすました女将役の羽毛田正美被告ら3名に、懲役4年の判決が下されました。


地面師事件最初の裁判で、判決もこれが最初、しかも全員に実刑判決という重い刑となりました。

常世田吉弘 67

旅館の女将の内縁の夫(前野)役

「海喜館」の女将の内縁の夫役として積水ハウスとの売買契約に同席.

積水ハウス側に内容証明が届いた際、カミンスカスは「海老澤(地主)と喧嘩別れした前野の妨害工作ではないか」と語った。この誘導によって積水ハウスのマンション事業本部と法務部はこの内容証明を怪文書だと判断してしまった。



2019年7月17日の判決で、東京地裁は「所有者かのように振る舞い続け、交渉に立ち会うなどし、組織性の高い計画的な犯行」などの理由で、羽毛田被告ら2人に懲役4年、常世田吉弘被告に懲役4年6カ月を言い渡した。
佐藤隆 67

運転主役

積水ハウスの土地取引の運転手として羽毛田正美他と共に逮捕された。

不明
生田剛 46

積水ハウスとのパイプ役

IKUTA HOLDINGSの代表。

積水ハウスの社員とパーティーで知り合いであったため、土地取引の仲介会社として仲間に入れられた。

不明
土井淑雄 63

金の行方を知る主犯格

内田に次ぐ主犯格を果たしたとされる土井は、警察や裏の世界とのつながりを持つとの噂がある。積水ハウスから不正に得た資金の分配を担当したとされ、その資金の動向を把握しているキーパーソンと見られている。

大手住宅メーカー「積水ハウス」が架空の土地取引で約55億円をだまし取られた「地面師」事件で、主導役の一人として、詐欺罪などに問われた土井淑雄被告(64)に対し、東京地裁(石田寿一裁判長、古玉正紀裁判長代読)は2020年5月29日、懲役11年(求刑・懲役15年)の判決を言い渡した。判決は「犯行グループで中心的な立場だったといえ、誠に悪質だ」と指摘した。
秋葉紘子 74

ニセ地主役の羽毛田を紹介

地面師グループに羽毛田正美をなりすまし役として紹介。他にも複数の事件に関与したとされている。

2019年7月17日、詐欺罪などに問われた秋葉紘子〈こうこ〉(75)被告に懲役4年(求刑・懲役7年)の判決を言い渡した。
武井美幸 57

ニセ地主役の羽毛田の勧誘

偽造有印私文書行使などの疑いで逮捕。

所有者役の羽毛田正美の勧誘に関わったとみている。

不明
永田浩資 54

連絡役

連絡役とされているが、携帯電話には警視庁の刑事の電話番号が多数登録されているなど、警察に内通していたのではないかとの疑いが残る。

大手住宅メーカー「積水ハウス」が、土地所有者を装う「地面師」グループに架空の土地取引で約55億円をだまし取られた事件で、東京地裁(石田寿一裁判長)は2019年11月12日、詐欺罪などに問われた永田浩資被告(55)に対し、懲役7年(求刑・懲役11年)の判決を言い渡した。
近藤久美 35

仲介会社の社員

生田剛が代表のIKUTA HOLDINGSの社員。

不明
小林護 54

銀行口座の準備役

積水ハウスが支払った55億円を振り込む口座などを用意した。積水ハウスから振り込まれた現金を各口座に分配するためのもので、金の行方を知る人物と思われるが、代金のその後は不明。

不明
岡本吉弘 42

登記書類準備役

積水ハウスとの取引時の、公文書偽造など、土地を不正に登記しようとした疑いが持たれている。

不明
三木勝博 65

銀行口座の準備役

積水ハウスから振り込まれた土地の売却の代金55億円の口座の準備。

不明
北田文明 58

銀行口座の準備役

積水ハウス事件では口座の準備役でしたが、世田谷区の事件では主犯格として数億円の詐取に関わり、この件でも逮捕されている。

不明
佐々木利勝 59

銀行口座の準備役

警視庁は、佐々木容疑者が詐取金を入金するための口座の準備役だったとみている。

不明

参考文献

『地面師』(森功著)

『保身』(藤岡雅著)

  • この記事を書いた人

榎本研二

三京株式会社 代表取締役 【不動産鑑定業者登録番号 埼玉県知事(11)69号】  不動産鑑定士 榎本研二 不動産鑑定士として50年にわたって個人のマイホーム購入に絶対失敗しないためのアドバイスを提供。人生最大かつ最重要の買い物であるマイホーム購入前に、プロフェッショナルの見解を参考にしたことで、買ってはいけない物件を見送った方々はみな、現在ハッピーライフを送っています。複雑な不動産関連の税金対策も、ベテラン不動産鑑定士ならではの策を講じてみなさんの資産を守ります。

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