2023年1月13日、政府の地震調査研究推進本部は、南海トラフで今後20年以内にマグニチュード8.0~9.0級の地震が発生する確率(2023年1月1日時点)を前年の「50~60%」から「60%程度」に引き上げました。(「長期評価による地震発生確率値の更新について」令和5年1月13日公表)
そこで今回は、南海トラフ巨大地震の概要、想定される被害、特に我々の生活に直結するライフラインの被害について説明します。マイホーム購入の際に、絶対に知っておくべき自然災害知識として役立ててください。
地震調査研究推進本部とは?
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、6,434名の死者を出し、10万棟を超える建物が全壊するという戦後最大の被害をもたらしました。ここで浮き彫りになったのが、地震防災対策に関する多くの課題です。それを踏まえて全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するため、同年6月、地震防災対策特別措置法が議員立法によって制定されました。行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし、これを政府として一元的に推進するため、同法に基づき総理府に設置(現在は文部科学省研究開発局地震・防災研究課に設置)された政府の特別機関が地震調査研究推進本部です。当サイトは、国民の命と財産を守る義務を持つ政府が、自然災害に関してどのような情報を国民に公開するかを同機関HPで毎日チェックしています。
政府 地震調査研究推進本部HP
次世代への継承と警鐘
私は50年に渡り不動産鑑定士として活動し、不動産に関する数多くの相談を受けてきました。その際の基本方針は、日本の国土の特徴や自然災害への備えがいかに重要か、というものです。なかでもマイホーム購入の相談では、過去の悲惨な例を説明して理解を深めてもらい、購入方針を見直す、つまり、購入にあたっての優先事項を再点検するというケースがほとんどでした。
不動産と自然災害は非常に密接な関係があります。不動産の専門家としてその重要性を強調しているのであって、地震などの予測を必要以上に煽って、みなさんの不安を増長させるような意図は全くありません。一生に一度あるかないかの高額な買い物であるマイホームの購入を絶対に失敗してほしくないと強く願っているので、気象庁や自然災害の専門家が発信する最新情報、特に警告を毎日チェックしています。
マンションの分譲販売への危惧や被災した場合の資産価値の問題などについては、詳しく説明しているこちら↓の記事を読んでください。
こんなマンションは買うな!不動産鑑定士のマンション購入アドバイス
震災の教訓からマイホーム購入を再確認する
2023年1月17日で阪神・淡路大震災から28年が経ちました。
私は関西で生まれ育ち、学生時代を神戸で過ごしたので、友人や親戚が被災しました。運よく住居が崩壊しなかった人もいれば、マンションの取り壊しなどから二重ローンに苦しみ悲惨な人もいます。こうした例を間近に見て、またまもなく30年を迎えることになる、愛着のある街神戸で起きたこの震災を絶対に風化させてはいけないと思いました。
特に私が注目しているのは、震災後に起きたマンション購入者の不幸な出来事です。そこで起きたことは、日本各地で再び繰り返される可能性があることから、阪神淡路大震災後のマイホームに関する教訓をこのサイトで発信し、次世代につなぎたいと考えています。
マイホームの購入を希望される方々、マンションの購入を検討される方々、ライフプランに合う場所を探す方々に、口を酸っぱくして言い続けてきたのが、過去の自然災害や歴史的教訓を甘く見ないで、自らの意思決定を再点検するということです。
阪神・淡路大震災のみならず、東日本大震災、また近年は河川の氾濫による浸水等の自然災害が多発するなか、ますます私の基本方針や歴史的教訓を次世代の方々に引き継いでいかなければいけないと考えるようになりました。
これらの教訓を活かして、絶対にマイホーム選びに失敗しないでほしいという信念に基づき当サイトを立ち上げ、不動産の購入や維持管理、相続にまつわる盲点を中心に、不動産と自然災害の密接な関係等に力を入れて情報を発信しています。今回は南海トラフについて述べたいと思います。
確実に発生する「南海トラフ地震」
日本の国土は過去に何度も巨大地震を繰り返しています。そして今、自然災害の専門家がこぞって警告を発しているのが南海トラフ地震です。
この未曾有の巨大地震は、東海地域から南日本の太平洋側の広い範囲で30年以内に確実に発生すると予想され、日本列島に甚大な被害をもたらす恐れがあると各機関が最新の調査結果をリリースしています(詳細は後述します)。
「南海トラフ」とは、東海地方から四国地方にかけて太平洋の沖合100~200kmの海底に存在する溝状の地形です。
この地域ではこれまでも「東海地震(静岡県駿河湾から和歌山県潮岬の海域」や「南海地震(潮岬から高知県足摺岬までの海域)」などの巨大地震が100~200年間隔で繰り返し発生しています。記録があるのは、図表1「過去に南海トラフで発生した大地震」の通りです。
出典:政府 地震調査研究推進本部HP
南海トラフで発生した地震は、片方の海域で発生すると、もう片方の海域で続けて発生することが多いとされています。直近では、1944年の東南海地震(M7.9)の2年後に南海地震(M8.0)が発生していますし、1854年の安政東海地震(M8.4)のわずか32時間後に安政南海地震(M8.4)が発生しました。1707年の宝永地震(M8.6)では、東海地震と南海地震が一体となって史上最大級の地震が発生したと記録されています。
2011年の東日本大震災では、国の想定をはるかに超える広範な海域にまたがる事後的な震災が発生したことから、国は今後の地震についての長期的評価の見直しを行ってきました。その結果、東海地震や南海地震の各領域別の評価ではなく、発生しうる最大規模の地震を含めた再検討が行われ、「南海トラフ地震」という名称に統一されました。
南海トラフで発生する地震
政府の地震調査研究推進本部は、南海トラフで将来の地震発生の可能性を下記のようにまとめています(2023年1月1日現在)。
地震の規模:M8.0~M9.0クラス
地震発生確率:30年以内に、70~80%
地震後経過率:0.87
平均発生間隔:88.2年
南海トラフ全体を1つの領域と捉え、この領域では大局的に100~200年周期で地震が起こると仮定して、地震発生の可能性を評価しています。
南海トラフ地震発生が想定される地域にお住まいの方は、是非一度、「南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)」に目を通すことをおすすめします。
出典:気象庁南海トラフ地震特設ページ
南海トラフ地震で想定される震度や津波の高さ
内閣府の中央防災会議は、科学的に想定される最大クラスの南海トラフ地震が発生した際の被害を想定しています。地震が発生する形態はさまざまな可能性があるため、いくつものモデルの検討がされてますが、特に強い強振動を発生させる核となる震源地の特定について、5種類の地震動モデルが検討されています。
*内閣府中央防災会議の南海トラフ巨大地震に関する被害想定についての詳細は、「 南海トラフ巨大地震で想定される被害(最終報告)・平成25年5月」をご覧ください。
この被害想定によれば、南海トラフ巨大地震で、阪神・淡路大震災や東日本大震災レベルの震度7が想定されるのは、静岡県、愛知県、三重県、和歌山県、兵庫県、徳島県、香川県、高知県、愛媛県、宮崎県です。またこれらに隣接する周辺の広い地域でも震度6強から6弱の強い揺れになると想定されています。
南海トラフ巨大地震の震度分布(強震動生成域を陸側寄りに設定した場合)
出典:気象庁
また、津波についても、さまざまなモデルが予測されていますが、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い地域で10mを超える大津波の襲来が想定されています。特に、三重県、和歌山県、高知県、宮崎県は、すべてのモデルで10m以上の津波高が想定されています。
南海トラフ地震で想定される被害
内閣府の中央防災会議は、東海地方、近畿地方、四国地方、九州地方などの地域で大きな被災が起きた場合の48のモデルを想定して、建物や人的な被害を予測しています。そして、この48通りのモデルから、建物の全壊あるいは消失が238万6,000棟、死者数は32万3,000人という最悪の事態が予測されています。過去の巨大地震の死者数は、関東大震災が10万5,385人、阪神・淡路大震災が6,437人、東日本大震災が2万2,252人ですから、それらと比較するだけで、内閣府による最悪の事態の予測値の凄まじさをご理解いただけると思います。
※内閣府中央防災会議の南海トラフ巨大地震に関する被害想定についての詳細は、「 南海トラフ巨大地震で想定される被害(最終報告)・平成25年5月」をご覧ください。
南海トラフ地震がもたらすライフラインの被害想定
今を生きる我々は、幸いにして過去の巨大地震の被害状況を認識し、歴史の教訓に学ぶことができます。その上で、今後起こり得る巨大地震への備えを強化することが重要です。備えの第一は、起こり得る事態の予測とその精度です。ですから、政府が情報公開する被害想定地域や規模、建物や人的な被害などの予測値を理解したうえで、我々の生活に直結する、より具体的なライフラインへの影響もしっかり理解しておくことも必要です。
内閣府の中央防災会議は、ライフラインなどの被害予測を下記のようにまとめています。(南海トラフ巨大地震対策について (最終報告))
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上水道:最大で約3,440万人が断水被害を受ける。各地で約2割~9割が断水する。
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下水道:最大で約3,210万人が利用困難となり、各地で約3割~9割が利用困難となる。
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電力:最大で約2,710万軒が停電し、各地で約3割~9割が停電する。
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通信:固定電話は、最大約930万回線が通話できなくなり、各地で約3割~9割が通話支障になる。携帯電話は、基地局の非常用電源による電力供給が停止する1日後に停波基地局率が最大となる。インターネットへの接続は、固定電話回線の被災や基地局の停波の影響により利用できないエリアが発生する。
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都市ガス:最大で約180万戸の供給が停止する。各地で約1割~9割が供給が停止する。
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道路:道路施設被害(路面損傷、沈下、法面崩壊、橋梁損傷等)は、基本ケースでは約3万~3万1,000箇所で発生し、陸側ケースでは、約4万~4万1,000箇所で発生する。
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鉄道:基本ケースでは、鉄道施設被害(線路変状、路盤陥没等)は約1万3,000箇所で発生し、陸側ケースでは、約1万9,000箇所で発生する。
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港湾:基本ケースでは、対象港湾の係留施設約1万7,000箇所のうち約3,000箇所で被害が発生し、陸側ケースでは、約5,000箇所で被害が発生する。対象防波堤延長約417kmのうち約126~135kmで被害が発生する。
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空港:中部国際空港、関西国際空港、高知空港、大分空港、宮崎空港で津波浸水が発生する。このうち、高知空港と宮崎空港では空港の半分以上が浸水する。
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避難者:断水の影響を受けて1週間後に最大で約950万人の避難者が発生し、避難所に滞在する避難者は1週間後に最大で約500万人と想定される。
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帰宅困難者:平日の12時に地震が発生し、公共交通機関が全域的に停止した場合、一時的にでも外出先に滞留することになる人(自宅のあるゾーンの外への外出者)は、中京都市圏で約400万人、京阪神都市圏で約660万人に上ると想定される。地震後しばらくして混乱等が収まり、帰宅が可能となる状況になった場合、遠距離等の理由により徒歩等の手段によっても当日中に帰宅が困難となる人(帰宅困難者)は、中京都市圏で約100万人~約110万人、京阪神都市圏で約220万人~約270万人に上ると想定される。
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物資:食料の不足量は、発災後3日間の合計が最大で約3,200万食と想定される。飲料水の不足量は、発災後3日間の合計が最大で約4,800万リットルと想定される。毛布の不足数は最大で約520万枚と想定される。
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医療機能:重傷者、医療機関で結果的に亡くなる者及び被災した医療機関からの転院患者を入院需要、軽傷者を外来需要とした場合、被災都府県で対応が難しくなる患者数は最大で入院が約15万人、外来が約14万人と想定される。
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災害廃棄物等:建物の全壊・焼失等により発生する災害廃棄物が最大で約2億5千万トン、津波堆積物が最大で約5,900万トン、合計約3億1,000万トンに上る。
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エレベータ閉じ込め:住宅、オフィスの被災及び停電により、エレベータ内における閉じ込めが多数発生し、最大で約2万3,000人が閉じ込められると想定される。
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危険物、コンビナート施設:静岡県から大分県の臨海部にかけて、最大で流出約60施設、破損等約890施設の被害が発生すると想定される。
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文化財:津波浸水や揺れまたは火災により被災する可能性のある国宝・重要文化財(建造物)は、最大で約250施設と想定される。
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孤立集落:道路や漁港等の被災によって外部からのアクセスが困難となり、最大で、農業集落が約1,900集落、漁業集落が約400集落孤立する可能性がある。
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経済被害:建物の倒壊などの直接的な被害に加えて、生産やサービスの低下の影響や、道路・鉄道の寸断の影響によって全国的に被害が及ぶことも考慮され、被害総額は約220兆円という巨額になると予想される。
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※内閣府中央防災会議の南海トラフ巨大地震に関する被害想定についての詳細は、「 南海トラフ巨大地震で想定される被害(最終報告)・平成25年5月」をご覧ください。
都府県独自の被害想定
ここまで主に国(政府)による被害想定を説明してきましたが、東京都や大阪府をはじめとする南海トラフ巨大地震で甚大な被害が想定される自治体は独自の被害想定を公表しています。そのなかには、国の試算を大きく上回る被害想定を公表するケースもあります。
例えば大阪府では、早期避難率が低かった場合の府内の死者予想数を最大13万4,000人としています。これは、国が予想する10倍以上です。その99%は津波によるもので、大阪市だけで約12万人に上ると予想しています。
該当地域に居住されている方は、国の被害想定だけではなく、地元自治体の被害想定を確認することをおすすめしておきます。
図表2 各自治体の南海トラフ地震被害想定
南海トラフ地震の発生確率が上昇している
2023年1月11日、東北大学は、南海トラフ地震の発生可能性ならびにそれに伴う津波等のリスクが高まっていることを報告しました。(2023年1月11日付「南海トラフ巨大地震が連続発生する確率を算出」)
なかでも注目すべきは、次の説明です。
「想定震源域全域の半分程度を破壊するような巨大地震が発生した後、もう一つの巨大地震(後発地震)が続いて発生する確率を、世界の地震統計データおよび過去の南海トラフ地震発生履歴に基づいて、経過時間ごとに算出しました。その結果、例えば1週間以内に後発地震が発生する確率は、それぞれ約2%〜77%(平時の約100〜3,600倍)となりました」
そのポイントは、次の3点です。
① 南海トラフ沈み込み帯で発生する巨大地震(南海トラフ地震)について、巨大地震が発生した後に別の巨大地震(後発地震)が発生する確率を算出。
② 1週間以内に後発地震が発生する確率は約2%〜77%、平時の約100〜3,600倍と算出。
③ 後発地震の発生予測には大きな不確実性が伴うこと、世界の他地域と比べて南海トラフ地域の巨大地震連発発生確率が大きい可能性があることを定量的に示した。
これは、図表1に掲げた日本における過去に南海トラフで発生した大地震で複数回記録された事実を裏付ける結果と言うことができます。例えば、1361年の正平(康安)東海地震と同南海地震、1854年の安政東海地震と同南海地震の発生です。
また、冒頭で述べた南海トラフでマグニチュード8.0~9.0級の地震発生確率の引き上げは、過去に数回行われています(図表3「南海トラフでM8~9級の地震発生確率の過去10年の推移」参照)。
この発表(2023年1月13日)を行った政府の地震調査研究推進本部地震調査委員会の委員長である平田直・東京大学名誉教授は、「いつ(南海トラフ)地震が起きても不思議はない状況なので、備えを進めてほしい」と述べています。
※南海トラフでM8~9級の地震発生確率の過去10年の推移(出典:地震調査研究推進本部・過去の長期評価結果一覧)